花巻市消防本部 花巻中央消防署
花巻中央消防署がある花巻市は、岩手県のほぼ中央、西の奥羽山脈と東の北上高地に囲まれた肥沃な北上平野に位置し、周辺には季節ごとに変化に富んだ自然風景を楽しめる県立自然公園が広がります。市は早池峰神楽や鹿踊りなどの郷土芸能や、日本三大杜氏のひとつ南部杜氏、さき織り、ホームスパン等の優れた伝統技術が多く残ることで知られ、また、市の西部には奥羽山脈の渓谷沿いに湧き出る花巻温泉郷があり、立ちのぼる湯けむりと深山の緑が情緒豊かな風景を作り出します。
花巻中央消防署は管内に東北自動車道や国道4号線などの幹線道路を多数持ち、出動内容は交通救助が大半を占める。その傍ら、春から秋にかけては近くの里山への山菜取り客が多く、また夏場の登山シーズンには早池峰山への登山客で賑わう為これらの道迷いや疲労者などの救助活動を行うことも多い。その他の特徴としては管内に県内唯一の、いわて花巻空港があるため空港内でのテロ対策や、空港を拠点としたSCU対応、DMATとの連携の強化など時代の潮流に合わせた新たなスキルアップにも力を注いでいる。 自然と伝統が調和したうつくしいまちで最新の装備を誇る花巻中央消防署を取材しました。
平成24年11月7日水曜日、天候は晴れ、気温14℃。この辺りの例年の気温から比べればかなり暖かく感じられる陽気の中、訓練は開始された。この日の訓練は救助隊員と救急隊員の連携を図ることに重点が置かれ、それぞれ条件の異なる3パターンでの災害を想定した交通救助を行った。最初に行われた想定では、事故車両の左下に要救助者(以下要救)が倒れていて左側から引き出したいが車両左側に障害物があり、ハイリフトジャッキなどを入れられないという困難な状況を作り出した。現着からすばやく状況を確認してブリーフィングを行う。車両左側があげられないので当然、車両右側をあげて要救を引き出すことになるが、この時持ち上げられた車両に要救が挟まれないよう細心の注意を払うようにと隊長から指示が下る。そして「作業にかかれ」の号令で救助が始まった。

まず事故車両に輪留めを掛け、指示通り、持ち上げられた車両に要救が挟まってしまわぬよう車両左側にステップチョックを挟み込む。そして車両右側をハイリフトジャッキでゆっくりと上げていく。その一方で救急隊員が要救に声をかけながら、上げられていく車両の反対側で要救と車両の距離をしっかりと確認する。車両が持ち上がったところでクリブと呼ばれる積み木のような器具を車両下に手際よく組んでいく。クリブがしっかりと利いたところでジャッキをはずし、一人の救助隊員がバックボードに身体を乗せて車両下に滑りこんで要救を慎重に引き出していくこの時要救が引き出されるのを救急隊員が真剣な眼差しでじっと待ち構えているのが印象的だった。


その様子は訓練とは思えないほどの緊迫感が伝わってきた。そして引き出されたところで救急隊員が素早く要救を確保、ストレッチャーで搬送して最初の想定は終了した。一つの命を助けるため各々がしっかりと自分の役割をこなしている姿がよく見て取れる訓練であった。

休むまもなくすぐに次の想定に移る。次の想定では事故車両のフロント部が押しつぶされ、運転席に乗っている要救の足が挟まれていてドアも開かないという状況で油圧スプレッダーとラムシリンダーを使用して要救を救いだすというものだ。
ここで特筆すべき点は昨年度新たに導入されたばかりのこのスプレッダーとラムシリンダーはコードレスタイプとなっており、取り回しが非常に便利で油圧ホースのある従来品と比べて格段に使い勝手が良くなっているということだ。これら資機材の準備を整え作業に取り掛かる。足がどの程度どのように挟まっているか不明なこのような状況では、その状況評価が極めて重要になる。

ここでもやはり隊長を中心に活動方法が検討され素早く行動に移る。ステップチョックで車両を固定し、どのあたりをスプレッダーで広げるか数名の隊員で入念にチェックする。そしてスイッチを入れたスプレッダーが轟音を轟かせる度に壊れたドアが少しずつ開かれていく。ドアが開ききったらすかさず救急隊員が要救に声をかけつつ足元の状態を確認する。別の救急隊員は後部座席ドアから車内へ侵入しやはり要救の状態を迅速に確認する。その後ラムシリンダーで車両のフレームを広げ要救の足が抜ける状態になったのを確認し救助救急両隊員が連携して要救をバックボードに乗せていく。そのままバックボードに要救をしっかりと固定してストレッチャーで搬送する。
この上ないほど慎重に丁寧にしかし素早くこれらの作業が進めてられていく様は見ていて圧倒されるばかりだ。これが常日頃から繰り返し行われている訓練の成果なのであろう。

スプレッダーなどの資機材が片付けられ車両を移動し最後の想定に入る。最後に行われた想定では事故車両に轢かれた要救が車両前方部の下敷きになっており、救工車のクレーンを使って事故車両前部を吊り上げて要救を引き出すという、またしても困難な状況を作り出して行われた。
クレーンを使う際にはしっかりアプローチを考え、また二次災害には特に注意しなければならない。車両のエンジン、キー、バッテリーをチェックしボンネット越しにベルトスリングをかけていく。それと同時に救工車はアウトリガーを張り出しクレーンを動かせるようスタンバイしてゆく。クレーンを扱うには資格と十分な経験が必要である。この時は若い隊員が先輩隊員にアドバイスを受けながら操作していた。“なんとなくやらずに、一つ一つ大丈夫という確信を持って進めるように”と指導する先輩隊員の口調にも熱がこもる。それほどクレーンの操作は気をつけて行う必要があるということなのだろう。
さて、若い隊員がクレーンを操作している姿を見て気づいたのだが、なんとこの救工車のクレーンは従来のように車両後部のレバーで操作するのではなく、リモコンで操作する最新のものであった。後ほど見せてもらうことになるがこの救工車はクレーンだけでなく大型投光器もワイヤレスリモコン式で、その利便性は隊員の活動をおおいにサポートしている。昼夜を問わず出動する隊員にとって夜間や雨天時など視界の悪いときに手元で自由に動かせる大型投光器はとても心強い存在であり、何かあった際救助される側の市民にとっても大変ありがたいものである。
この最新の装備を備えた救助工作車は“東北一の救工車”だよと署長も胸を張る。


さて話しを訓練に戻す。若い隊員が指示をしっかりと聞きながら的確にそのリモコンでクレーンを操作してゆく。クレーンはゆっくり車両前部を吊り上げていき要救は無事救急隊員の手によって運び出された。 実際の災害現場でクレーンを使う場面は極めて少ないようだが、この花巻中央消防署では過去のいくつかの事例から必要性があると判断しあえて装備しているという。
かつてこの管内で起こった事故で、高架から誤って落下した乗用車がひっくり返った状態で大きな側溝にすっぽりとはまってしまい、救助隊はどうにも手出しができかったという苦い経験がある。もしこの時クレーンがあればうまく救えたかもしれないと副隊長は言う。 一人でも多くの命を救うため花巻中央消防署は可能な限り最新の装備を整え、隊員はその技術を向上させ、このまちをいつも守っている。

花巻市消防では、地元花巻出身の文人宮澤賢治の作品に登場する鳥「ふくろう」をイメージキャラクターとしてワッペンのデザインに採用している。「ふくろう」は、知能が高く人間の100倍もの視力を持ち、首が360度近く回るということから、周囲の状況を常に監視する「家の守り神」として親しまれていることに由来する。
隊員達はこのまちの「ふくろう」となり、今日も東北一の救工車に乗って花巻のまちを走る。(2012年11月)
花巻中央消防署の皆さま、取材へのご協力ありがとうございました。