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航空自衛隊 救難団 アクチャル メディック

航空自衛隊の救難任務に携わる隊員は、アクチャル・ミッション(実任務出動)のことを簡略化して、
アクチャル(アクチュアル)又はミッションといいます。
ここでは実際の任務出動の経験から学び取った事などを発信し、
日々救助活動に邁進されている皆様の一助にしていただきたいと思います。
元航空自衛隊メディックK

元メディックの実任務出動の記録
アクチャル08.<水戸の水害・後編>

【前編までのあらすじ】
局地的な集中豪雨のため茨城県・栃木県にまたがる小貝川、那珂川が氾濫。
濁流は那珂川河口で 大洗沖から押し寄せる大波とぶつかり巨大な三角波を引き起こした。
その濁流の中にドラム缶筏に しがみついた遭難者を発見。うねりと激流の中、救難員の姿が一瞬視界から消える…二次災害か?…

【遭難者(漂流者)の救出】

 機体から身を乗り出すようにして海面を覗き込むとドラム缶筏に向かって一直線に泳いでいるA3曹を発見した。
思わず心の中で「良かった!!」と叫んだ。視界から一瞬消えたのは潮流が機体の左側に向かって流れていたのに対し安定しているかに見えたホバリングがほんの一瞬右側に移動したためであった。

 遭難者に到着したA3曹はボイヤントスリングを要求してきた。同スリングは繰り出した状態でホイストケーブル・フックに取り付け待機していたので素早く渡すことができた。しかし、独特のうねりと激流のため悪戦苦闘を強いられ装着できたのは防波堤の手前(テトラポット)2~3mのところであった。機長にヘリアップを要求し2名を吊下げた状態で安全な海域まで小移動させ吊上げた。その際、遭難者が離水する直前に大波が押し寄せズボンが脱げ海没してしまった。空中にある遭難者は下半身に何もまとわない状態となったがA3曹にしっかりと抱きかかえらえ機内に無事収容された。遭難者は、ぐったりとしたまま動かず、声かけしても何も答えることができなかった。
空輸先は防波堤対岸のN水産高校グランドとの指示を受け、そこで待機していたN消防署の救急隊員に引き渡した。 

航空自衛隊 救難団 アクチャル メディック

A3曹にしっかりと抱きかかえられ機内に無事収容された遭難者

【那珂川堤防の決壊】

 帰投のため、N水産高校グランドを離陸して間もなく「水戸市青柳町付近の那珂川が決壊した模様、捜索されたい。」との無線連絡が入った。
 那珂川沿いに4~5分位北上すると、右側前方に堤防が決壊し黒ずんだ濁流が市街地に勢いよく流れ込んで湖のようになっている姿が見えた。更に、近づくと浸水地域は拡大しつつあり水嵩も急速に増していた。被災者は、迫る濁流を避けようとして屋根の上や高い建物に避難している。その数は数十名、数百名、いやそれ以上とあまりにも多く正確には把握しきれなかった。 機長は捜索結果を隊指揮所へ報告し早急な救出活動への移行と救助機の増援要請等について具申するとともに、直ちに被災者の救助に入れる態勢で指示を待った。

航空自衛隊 救難団 アクチャル メディック

堤防が決壊し黒ずんだ濁流が市街地に勢いよく流れ込んだ

【救難員の救助手順】

 機長から「メディックはどのように救助するのか?」との意見求めがあり私は、A3曹を降下させ、被災者の安全確保(屋根等からの不時落下防止策)を行ったうえでボイヤントスリング又はバスケットスリングを使用して吊上げ救助をすること、また、必要に応じA3曹と被災者を同時に吊上げ、空中での安全確保をしながら救助をすることを提案し了解の回答を得た。

【救助開始の指示】

 数分後、「青柳町被災者住民の救助を実施せよ。」「救助後の被災者の空輸(搬送)先は水戸市五軒町の運動公園」「増援部隊は中空エリアの各救難隊から救助機が投入される予定」との指示を受け航空救難団創設以来最多記録となる救助活動が開始された。
 一連の流れは、屋根やベランダにいる被災者近くに救難員を降下させ救助機の収容可能人員(約20名)を機上と連携して吊上げて、五軒町運動公園に着陸・卸下(被災者を降ろすこと)することの繰り返しであった。既存のミッションは洋上や山岳地帯が主体であったが本ミッションは市街地であり現場の状況判断(特異なミッション)に戸惑うことが多かった。 

航空自衛隊 救難団 アクチャル メディック

航空救難団創設以来最多記録となる救助活動

【特異なミッション】

 以降については、増援部隊も含めて現場進出した救難員が経験した特異なミッションの「生声」についてランダムに紹介したい。

『老婆の訴え』
 濁流迫る2階寝室で横たわる老婆を救助しようと状況を何度も説明したが「おらぁここで死ぬ」と言って全く聞き入れられなかった。結局、たまたま近くに来ていた消防隊員のゴムボートに救助を依頼したが、他の被災者救助中もこの老婆のことが気になって仕方なかった。

『強面男の心意気』
 倉庫屋上から十数名の被災者を救助した中の一人に全身に入れ墨をした強面の中年男性がいた。機内に収容されるといきなり仁義を斬った。任侠道の関係者であることは明らかであり、他被災者とのトラブルが懸念され嫌な予感が走ったが、次に救助した老婆が機内入口で腰を抜かし座り込んでしまったのを見て、その強面男は素早く救助の手を差し出してくれた。それを見た被災者たちは皆、席をつめたり、手荷物を持ってあげたりして協力的となり助かった。五軒町運動公園に着陸・卸下した時、男は再び仁義を斬った。その時目と目が合い何かわからないがキラリと光るものを感じた。

『救助者が被災者に救助される』
 駐車場の屋根に降下し2~3歩あるいたところで腐食したトタン屋根が突然抜け胸まではまり込んでしまった。怪我はなかったもののなかなか出られず右往左往していると数人の被災者達が笑いながら近寄って来て引き上げ救助してくれた。救助すべき被災者達から救助されることになってしまいバツが悪かった。また、器物損壊で訴えられないかと不安も残った。

『ペットの救助』
 2階ベランダからタオルケットに包まれた荷物の入った手提げ籠を保持している中年女性を救助しようとしたところタオルケットの包みの中から突然、犬が顔を出した。中年女性から、「家族の一員だから一緒に連れて行きたい。」との突然の訴えに迷ったが、一緒に吊上げ救助した。救助することができて、犬好きな自分としても嬉しかった。 

【全機帰投命令と母親の懇願】

 17時50分頃「救難機は18:00をもって現場を離脱・被災者卸下後、全機百里基地へ帰投せよ。」との命令を受けると同時に、救難員は最後の被災者の救助のため民家の2階ベランダに降下した。
 近づくとそれは赤ちゃんを毛布に包んでしっかりと抱きしめている母親であった。バスケットスリングで母親と赤ちゃんを一緒に吊上げて救助しようとしたところ母親から「赤ちゃんの粉ミルクが無い。缶を1階台所のテーブルに置き忘れて来た。缶を取りに戻りたい。」と懇願された。救難員は「ミルクの缶は私がとって来ます。心配しないで・・・」と言って機上へ母親と赤ちゃんを収容した後、急ぎ台所へ駆け降りたが既に泥水が流れ込んで見つけることができなかった。

 急ぎ機上へ戻った救難員を乗せ救助機は、救助した被災者を着陸・卸下するため五軒町運動公園に向かった。(現場離脱18:03頃)しかし、小高い山の北側斜線のため日没が早く照明設備のない同公園に着陸することができず機長判断により基地まで一緒に帰投することになった。(18:10頃)
 約10分後、救難隊のエプロンに到着した被災者は待機していた百里基地差出しのバスで外来宿舎に向かい宿泊することになった。そして、基地からは暖かい毛布とミルクが婦人自衛官の手によって提供された。 18:20災害派遣は終了した。

【厳正な規律】

 オペレーションに戻った救難機クルー全員に対し隊長から開口一番「お前らは明らかな命令違反である。18:00をもって全機RTBせよ、との命令が聞こえなかったのか」とガツンと叱責されてしまった。遅れた時間は2~3分間だが自衛官として命令に従う業務違反は明らかであった。
 翌日、隊長室に出頭し、機長は懲戒処分を、機長以下のクルーは口頭指導がなされた。その口頭指導の中で「That others may live、他を生かすために我々がいる。航空救難団の任務に待ったはない。国民の生命財産を守り国民の負託にこたえるためには、一分一秒でも早く救難態勢を堅持させなければならない。本ミッションでのクルーの行動については理解できるが、これで良しとすることなく、今後の教訓として更なる向上を図ってもらいたい。」と付言されたのが印象的だった。 

【赤ちゃんの救難隊来訪】

 懲戒処分等を受けたクルー全員が隊長室を退室するとほぼ同時に前日救助した母親が赤ちゃんを抱いて救難隊にお礼に来られ「今からバスで水戸へ帰ります。本当にありがとうございました。」と深々と何度も何度も会釈された。その手に抱かれた赤ちゃんはあやされたものと勘違いし微笑み、その姿を見た救難隊員の中には思わず目頭を熱くする者もいた。言うまでもなく救難団(百里救難隊)が国民とともに身近な存在であることを実感させられた瞬間でもあった。

【教訓】

・火口品(海面着色筒)選定
 プレジャーボート近くに火口品(海面着色筒)を投下したが濁った海水に掻き消されてしまい着色しなかった。海面状況によっては、所望の性能が発揮されないこともあることを考慮し使用火口品を選定すべきである。

・救助者の心理状態の把握
 新人救助員は、救助現場の特異な環境では、体で覚えている行動(本事例:ボイヤントスリングの不時離脱)を無意識に取ってしまうような場合がある。先任の救助員は、新人救助員の心理状態を的確に把握し、解り易く「してはいけないこと」「しなければならないこと」を適時適切にブリーフィングする着意が必要である。

・遭難者用着替えの搭載
 遭難者が離水(吊上げ)直前に大波によってズボンが脱げ水没し、下半身に何もまとわない状態で収容されたが救助機には遭難者用着替えは搭載しておらず毛布を体に巻き付け衣服の代用とした。しかし、救助機のダウンウォッシュで毛布がめくれ上がることもあった。遭難者の保温及びプライバシー保護からも着替えを常時搭載すべきと考える。

・救難器材の使用の実際(カラビナ)
 屋根等にいる被災者の不時落下防止のため簡易ハーネスのアンカーロープへの係留環として使用した。(下図参照)

航空自衛隊 救難団 アクチャル メディック




※この企画は、実際に起こった航空救難、災害派遣 事例を題材としておりますが、登場する人物、地名、団体名などは架空のものであり、実在のものとは一切関係がありません。 

「ザ・アクチャル」を読んで感じた事、疑問に思った事、K氏へ聞きたい事など、
皆様からのご意見をお待ちしております。

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