TOPページ >自衛隊レポート > file no.7 浜松救難隊

航空自衛隊の中の航空総隊に隷属し、自衛隊機の墜落事故などが発生した際、その機体・乗員の捜索、救助活動を主たる任務とする一方、救助要請(災害派遣要請)にも対応し直ちに活動を開始する『航空自衛隊航空救難団』。
その救難錬度の高さから「最後の砦」と形容される。




パイロット、機上整備員そして救難員で編成される救難隊クルー。
今回は4名のクルーにインタビューを行った。

恵まれた訓練環境
昭和33年3月、浜松基地で臨時救難航空隊という部隊が新編されたのが現在の航空救難団の始まりであり、以来救難団発祥の地として知られる浜松救難隊。

年間を通じて安定した気候と、県内に抱える富士山、南アルプスの高山岳、広く面した遠州灘と、バリエーション豊富な訓練環境があり、浜松で訓練された隊員は全国10個救難隊のどこへ行っても即応できる基礎技術が身につくという。


救難隊クルーの役割とは?
救助要請が入ると、先ず捜索機U-125Aが現場へ急行、サバイバー(要救助者)の捜索と、現場の状況、地形、天候など諸情報を収集する。捜索機パイロット諸橋1尉は「救難はサバイバーの捜索、発見が活動全体を左右するので、自分の任務の重要性を理解し、誰よりも先に見つけるという気概をもっていつも任務に向かっています。」と語る。

次に、メディックを乗せた救難ヘリコプターUH-60Jが先発の捜索機U-125Aからの情報をもとに現場へ向かう。UH-60Jの役割とは何か、パイロットの守田1尉が教えてくれた。「救助現場へ行って実際に人を助けるのはメディックなので、そのメディックをいかにそこへ降ろすか、そして、いかに安全に収容するか。それが僕ら救難ヘリコプターのパイロットの仕事です。その一点に尽きます」。メディックを降ろす、降ろさないの判断をするのは機長の役割であり、地形や天候、風向き、サバイバーの状態、機体とクルーの安全も考え判断をしなければならない。

この機長の判断を助ける詳細な情報を記録、伝達するのがFE(フライトエンジニア)と呼ばれる機上整備員である。FEの役割とは、「パイロットとメディックの補佐が主な任務です。」と阿久根3曹は言う。航空機の状態、天候、残燃料、パワーの把握、計器、スイッチ類の監視など、操縦以外はほぼパイロットと同等の業務をこなし、メディックの進出準備、ホイスト操作、ラペリング降下支援、機上看護支援なども行う。さらにFEはパイロットとメディックの表情、声色から調子を読み取り、クルー全体の意思疎通がスムーズに行われるよう常に努めている。

メディックの役割はもちろんサバイバーの救出である。

「海、山、極寒地、日没、夜間など色々な状況に合わせて機材を準備し、サバイバーを救出するのが救難員の任務です。」と末岡3曹は語る。メディックはあらゆる過酷な条件の下、精神と身体の限界までサバイバー救出という任務の最終目的を遂行する。

それぞれが向き合う困難
同じ救難隊クルーでもそれぞれ困難に思う事は違う。

諸橋1尉―(救難捜索機U-125A パイロット)
「自分が困難だと思うのは、救難というのは毎回状況が違い、完璧なマニュアルが存在してその通り行えば任務が全うできるようなものではなく、実際とにかく行ってみなければわからないという点です。平時ならともかく有事はさらに困難は増します。」

守田1尉―(救難ヘリコプターUH-60J パイロット)
「パイロットにとっての困難は悪天候ですね。救難団に派遣要請が入るということは悪天候である事が多いのですが、UH-60Jという最高峰のヘリコプターであっても機体の性能上、雷には弱いですし、高山岳の冬山では15分も飛べば自分が凍傷になる可能性もある、とにかく天候にはシビアにならざるを得ない。悪条件下で知らない土地を航行するというのは、いつでも自分の不安との戦いです。」

阿久根3曹―(機上整備員)
「ホイスト操作で救難員を吊上げ中、風で振れすぎたり、ケーブルが何かに引っ掛かった場合、(機体の安全のため)ケーブルを切断しなければならない場合があります。
メディックが命を預けるケーブルと機体の二者択一は非常に辛い決断です。ですから、そうならないよう風を読み、細心の注意を払って任務を行っています。」

事前にブリーフィングをして、そのような状況になった場合の対応について意思統一はされているとはいうが、想像以上に厳しい姿勢で任務に臨んでいることがわかる。

末岡3曹―(救難員)
「遭難現場へ展開する時です。冬山ならまだいいですが、海は大変です。わずかな保命具とともに大海原の真っ只中に置き去りにされるので、特に天候の急変、サメ等の有害動物など多くの不安があります。実任務ではまだそのような経験は無いですが、心構えだけはできています。」

このように、4名それぞれ多様な困難と日々向き合っている。

救難隊を言い表すときに使われる“救難ファミリー”という言葉がある。
異なる役割を持つクルーが各々の困難に立ち向かい、他を生かすため一致団結する姿は一つの家族のようである。今回お話しを伺った「浜松救難ファミリー」は皆明るく、この土地の気候のように清々しい雰囲気がとても印象的であった。