TOPページ >自衛隊レポート > file no.4 芦屋救難隊

航空自衛隊の中の航空総隊に隷属し、自衛隊機の墜落事故などが発生した際、その機体・乗員の捜索、救助活動を主たる任務とする一方、救助要請(災害派遣要請)にも対応し直ちに活動を開始する『航空自衛隊航空救難団』。
その救難錬度の高さから「最後の砦」と形容される。



九州北部に位置する航空自衛隊芦屋基地は、東京ドーム約92個分の広さがあり、これは航空自衛隊の基地の中でも3番目の広さを有しています。基地には11個の部隊等が所在しており、様々な任務に当たっています。また、東日本大震災で罹災したブルーインパルスのホーム基地である松島基地に代わり、約2年間、ブルーインパルスの暫定的な拠点となりました。

芦屋救難隊の出動で最も多いのは、山口県の萩市に属する見島という離島から萩市への急患空輸である。以前は海上自衛隊小月救難飛行隊がこの任務に多く出動していたが、この隊は長崎県の大村航空基地へ移動になった為、現在芦屋救難隊が対応しており、およそ二ヶ月に1回程度の割合でこの任務に出動している。

その見島沖周辺でこの日は芦屋救難隊所属のメディック2名が潜水訓練に出向いており、人員が少ない中、永石隊員、川田隊員の両名に救難装備品を案内していただいた。

前回まではメディックの装備品全般を紹介してきたので今回は特定の分野に焦点を当てクローズアップしたいと考え、メディックならではの落下傘降下に関わる装備品を中心に取り上げていく。





落下傘降下の際には、通常着用しているグリーンの航空服ではなく迷彩服を着用する。早速、迷彩服を着た川田隊員が装着準備に取りかかる。

主傘、予備傘合わせて約23kgにもなる落下傘を背中に背負い、大腿部、腰、胸と固定する。大腿部の固定具はシットハーネスのような形状で、この部位のフィッティングがとても重要である。落下傘を装着した川田隊員は、気になる箇所がないか念入りに確認し、態勢を整え、最後にヘルメット、高度計、グローブを着用し、全ての装着を終える。

常に危険が伴う任務に従事する隊員達は、このように準備段階で一切の不安を取り除いて、任務や訓練に集中する。降下を行う前には、降下長ボードと呼ばれる地形図が描かれたボードを使って、地形や風を計算し降下ポイントや進入経路を確認する。降下訓練は月に数回行われている。

残念ながらこの日は降下訓練はなかったが、フル装備をした川田隊員を見ていると今にも大空へ降下して行きそうな雰囲気なので、いつかメディックの降下訓練を間近で見てみたいという気持ちが沸く。どのように降下し、どのように落下傘が開かれていくのか大変興味深いものだ。
訓練こそ立ち会えなかったが、この日はたまたま降下訓練後パッキングされる前の状態の落下傘があり、それを私達が見やすいように展開してもらい、永石隊員に案内していただいた。

主傘は7枚のナイロン地から成る方形傘と呼ばれる形状のもので、古典的な円形傘に比べてコントロール性が高いのが特徴である。7枚のナイロン地がそれぞれ空気をはらみ、膨らむことによってバランスを得る。ちなみにこのナイロン地に触れてみると大変薄く、軽量であることに驚く。その為、生地は大変デリケートで毎回丁寧なメンテナンスが必要となる。

傘をたたむ際には、たたむ者と補助する者、検査する者の常時3名で作業が行われ、砂や水が付着していないことを確認し、きちんとたたまれているかを何重にもチェックしながら行う。また、小さな整備用具も一つ一つ管理されており、誤って生地の中に入ってしまわぬよう細心の注意を払っている。

落下傘の手入れがここまで細やかに行われているとは、なかなか知る機会は少ないだろう。降下そのものにばかり注目してしまうが、降下の後には必ず傘の手入れがあり、落下傘も他の装備品と同じように隊員の命を守る大切な道具であると強く感じた。




大切な道具といえば、この日もう一つ印象に残った事があった。

落下傘降下用の装備品の他にラペリング降下用の装備品も紹介していただいたが、この時、懸垂下降を行う際に万が一何かの理由でエイトカンが無い場合、カラビナ一つで懸垂下降をする方法を川田隊員が実践してくれた。

機能性のある便利な道具とそれらを完璧に使いこなす技術を持ち合わせているメディックだが、あらゆる状況を想定し、その時々に如何にして任務を遂行するかを、常に、隊員は考えているということがよくわかった。

救難活動に想定外という言葉は通用しない。道具は何より大切だが、想定を超えるような状況に遭遇したとき、隊員の判断力、アイデア、技術、体力が試されるのだ。

今回案内してくださった永石、川田両隊員も屈強な肉体と知性を併せ持った素晴らしいメディックであった。
(2013.7)