自衛隊 航空 救難団 救難隊 航空自衛隊の中の航空総隊に隷属し、自衛隊機の墜落事故などが発生した際、
その機体・乗員の捜索、救助活動を主たる任務とする一方、
救助要請(災害派遣要請)にも対応し直ちに活動を開始する『航空自衛隊航空救難団』。
その救難錬度の高さから「最後の砦」と形容される。

航空自衛隊 航空救難団 新潟救難隊


自衛隊 航空 救難団 救難隊 新潟救難隊 

屯基地は、新潟市中心部から程近い新潟空港の西側に隣接しており、
航空救難団飛行群 新潟救難隊のほか航空気象群入間気象隊 新潟気象班が所在している。
分屯基地ゆえに基地はコンパクトだが、その分、人と人との繋がりが強く少数精鋭で任務に励んでいる。
気候の厳しい日本海に面するこの基地で航空救難任務、訓練に日夜まい進する新潟救難隊を取材した。

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風の強い日本海沖での任務
 新潟救難隊の任務で多いのは、佐渡島や粟島からの救患者の空中輸送や洋上の漁船からの傷病者の空中輸送などだ。強風のため島からフェリーが出られないような悪天候の時にこそ災害派遣要請がかかる事が多い。  平成28年12月22日、糸魚川市駅周辺に大きな被害をもたらした糸魚川市大規模火災のちょうどその日も、気象庁から強風注意報が発表されるほど朝から非常に風が強く、火災が大きく広がった要因の一つとされている。そんな悪天候下であったが、新潟救難隊には、佐渡空港から市内への急患空輸要請があり、無事急患空輸任務を完了している。


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平成26年12月23日 酒田沖貨物船座礁事故

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平成27年3月11日 能登沖貨物船沈没事故


 過去には、やはりこの辺りの強風が原因で貨物船による事故が2件立て続けに発生しており、いずれも災害派遣要請により出動、救助活動任務を行っている。 一つは平成26年12月23日山形県酒田沖で発生した大型貨物船座礁事故で、強風により操船が困難になった貨物船が酒田市の海岸に乗り揚げた。新潟救難隊は秋田救難隊とともに直ちに出動し、乗り揚げて動けなくなった貨物船から憔悴した17名の乗組員を無事に救助した。 そしてもう一つは平成27年3月11日能登沖で発生した貨物船の沈没事故からの救助活動である。事故当時は発達した低気圧の影響で強風、高波、うねりもかなり大きい状況であった。 新潟救難隊は小松救難隊とともに出動、先に小松救難隊が現場へ到着した時には貨物船は浸水しており、右に約10度傾斜し船舶中央部は甲板が波で覆われているという一刻を争う状況であった。このような過酷な状況下で小松救難隊とともに、乗組員14名全員を無事ホイストにより救助した。なお、全員を救助した約30分後、貨物船は沈没してしまうという、まさに危機一髪での救助活動だった。 そんな様々な過酷な状況下でも、航空機に乗り込み任務を全うする頼もしい新潟救難隊クルーに話を聞いた。


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手入れが行き届いた装備品が整然と並び出動を待つ


 UH−60Jパイロットの長沼3佐は、元々F−15J戦闘機のパイロットだったが、尊敬する先輩の進めでUH−60Jに転換した。最初のうちはヘリコプターの操縦に慣れず機体のバランスを保つことさえ難しくとても苦労したという。しかし今ではもう熟練のUH−60Jパイロットとして隊をひっぱる存在だ。 機上整備員の木佐貫3曹は、緻密な計算とプロファイリングでパイロットをサポートする頭脳派だ。どんな時でも細心の注意を払い任務を行っている。航空機に搭乗していない時も、とにかく多くの情報を集め、学び、自分ならどう行動するかということを常に考えながらいつも安全に飛行できるよう努めているという。 メディックの井上1曹、池田2曹、井上3曹は先輩後輩の間柄ながら、ともに切磋琢磨し、普段から納得いくまで意見を言い合い、緊急時でもスムーズに意思疎通を図れるようコミュニケーションの大切さを第一に考え日頃から訓練に励んでいるという。

新潟救難隊は、上司と部下、先輩後輩、同僚、全ての隊員達がそれぞれしっかりと顔が見える距離感で働いていて、まさに一致団結した力強さを感じとることができた。


自衛隊 航空 救難団 救難隊 新潟救難隊

今回取材に応じてくださった長沼3佐、池田2曹、木佐貫3曹、井上3曹

航空自衛隊 航空救難団 新潟救難隊の皆さま、取材へのご協力ありがとうございました。