TOPページ >自衛隊レポート > file no.10 百里救難隊

航空自衛隊の中の航空総隊に隷属し、自衛隊機の墜落事故などが発生した際、その機体・乗員の捜索、救助活動を主たる任務とする一方、救助要請(災害派遣要請)にも対応し直ちに活動を開始する『航空自衛隊航空救難団』。
その救難錬度の高さから「最後の砦」と形容される。






鍛え抜かれた強靭な肉体と精神力で
任務遂行に命をかける男達、メディック。
彼らの一日を追う。



飛行班、整備小隊、総括班、全ての班等がひとつの建物に集結されている
塔の構造は、百里基地の大きな特徴のひとつ

まずはモーニングレポートから始まる
 今回取材に訪れた茨城県の百里基地は関東で唯一、戦闘航空団が所在し、首都圏防空の要となる重要な航空基地である。ここで防空の任に誇りをもって空を飛んでいる戦闘機パイロットもいれば、彼らパイロットが万が一不時着した際、その救出に命をかけて出動する男達がいる。それが航空救難団の救難員「メディック」である。 メディックと言えば人並みはずれた強靭な肉体と精神力を持ち、厳しく過酷な訓練に励んでいるという印象がある。 実際に基地内で彼らはどのような一日を過ごしているのか、救難員の野崎曹長、豊永2曹に話しを伺った。

 朝7:30、まずはオペレーション室でMR(モーニングレポート)を行うことから一日が始まる。MRとはいわゆる朝礼のことで、ここでは隊長以下、飛行班、整備小隊など隊全体のクルーが集まり、気象隊の予報官(気象予報士の資格を有する)を交えてその日の天候を詳しく確認しながら訓練内容等の調整を行う。航空機での任務に携わる部隊にとってその日の気象状況の把握は大変重要である。天候の確認が終わると、整備小隊から隊長へ航空機の状態、整備状況等について報告を行い、他にはその日行われる行事などがあればここで伝達される。
MRを終えると次は各班等に分かれて、先ほど打ち合わせた訓練内容に沿ってミーティングを行い、あらためてクルー間で確実に意思疎通を図る。ミーティング後はその日の訓練に合わせ各自装備品等を準備、点検しいざ訓練へと向かう。
訓練内容はもちろん日によって様々だが基地で行う午前、午後、夕方のフライトが主で、近隣の海上や山間部へ飛行して捜索救助訓練等を行う。フライト以外では救助機や車両で県内外の訓練目的地まで移動して、そこで所要の訓練を行う。例えば那須連山や八溝山、奥白根山等での山岳救助訓練、千葉県勝浦湾でのスクーバ訓練などである。ちなみに訓練現場へは救難員、指揮官のほかに整備員にも積極的に同行してもらい、訓練のサポートをしてもらいつつ訓練現場の状況を理解し、機体整備の意義や重要性を肌で感じとってもらっているという。そうすることで違う職種の隊員であっても強い連帯感が生まれ隊全体の士気向上に繋がっている。


救難機UH-60Jの前でメディックの任務について説明を受ける



練度を高める為、技量を競う
基地内で行う訓練の一つに救助機からの落下傘降下訓練がある。百里救難隊ではこの訓練での練度を高める為にある工夫をしている。 それは救難員同士で降下訓練の技量を競い、最も優秀なものを『BEST OF MEDIC』として称えることだ。救難員全員が揃って同じ訓練を行う機会はなかなかないのでこの降下訓練の場を活用し互いに切磋琢磨している。

その他、訓練をしていない時間帯はどのように過ごしているのか?救助用器材の手入れや点検をしたり、季節に応じてパッキングしてある装備品の内容を変更したり、又はトレーニングルームで汗を流したりしている。意外なことに、と言っては失礼かもしれないが、かなりの量のデスクワークもこなさなければならないようだ。
これら多様な訓練や業務を行い、限られた時間の中で体力練成に励みつつ、出動命令がかかれば直ちに出動できるよう磐石の態勢を整えている彼らの一日であった。


何かあれば直ちに出動できるよう準備された装備品


「ベストオブメディック」練度を高めるため技量を競う




隊員インタビュー
Q.救難員になりたいと思ったきっかけと今後の目標などあれば聞かせてください。

野崎曹長
19歳の頃、那覇救難隊で無線機の整備員として勤めていましたが、そこで出会った救難員の先輩から話しを聞き、スクーバ、落下傘、登山とあらゆる任務をこなす救難員という職業に興味を持ちました。その先輩からは多くを学ばせてもらい、自分も救難員を目指すようになりました。
今後は自分の技量も維持しつつ、しっかりと後輩の育成も行っていけるよう努力したいと思います。


豊永2曹
元々、陸自のレンジャー部隊など特殊部隊に憧れを抱いていましたが、入隊前、地本(地方協力本部)の広報官からレンジャーよりもっとすごい、ターミネーターのような人達が集まる部隊があると聞き、それが救難員でした。色々な人との出会いやタイミングに恵まれ救難員になることが出来ました。今は海でも山でもどんなミッションでもこなせる強い救難員になりたいと思っています。



細やかな配慮で若手を引っ張る野崎曹長(右)と逞しさが魅力の豊永2曹


「百里救難隊のメモリアルプッシュ」
  −殉職された先輩、同期、後輩の命日を忘れない−

惜しくも公務中に亡くなられた先輩、同期、後輩の命日を忘れないために何か良い方法はないかと模索していた救難員の大江田曹長(現小松救難隊所属)はある時、米軍のパラレスキューが行っているメモリアルプッシュという行為を知って、これだと思った。 毎年、殉職した隊員の命日にあたる日に救難員全員で腕立て伏せを行ない、当事者を思い出し、供養するというもの。こうして百里救難隊では、事故を繰り返してはいけないという強い思いをもって日夜勤務に励んでいる。