自衛隊 航空 救難団 救難隊 メディック アクチャル アクチュアル
航空自衛隊の救難任務に携わる隊員は、アクチャル・ミッション(実任務出動)のことを簡略化して、アクチャル(アクチュアル)又はミッションといいます。
ここでは実際の任務出動の経験から学び取った事などを発信し、日々救助活動に邁進されている皆様の一助にしていただきたいと思います。
元航空自衛隊メディックK

元メディックの実任務出動の記録
アクチャル03.<日航ジャンボ機の墜落・前編>


日航ジャンボ機の墜落(前編)

自衛隊 航空 救難団 救難隊 メディック アクチャル アクチュアル 日航 ジャンボ 墜落
1985年8月12日18時56分、日本航空123便が群馬県南西部の御巣鷹山の尾根に墜落した。
図は事故から一夜明けた13日朝の事故現場の様子(救助機より視認)




【緊急発進】
1985年8月12日18時58分頃、突然、隊オペレーションから「日航ジャンボ機貨物室ドアの不時落下、現在飛行中」との民間機エマージェンシー情報の第1報が伝達された。当時、日航ジャンボ機は世界一安全で絶対に堕ちない飛行機と言われ、誰もが信頼しきっていた。しかし19時05分頃「日航ジャンボ機墜落炎上中、近くを飛行していた米軍機が確認した。場所は群馬県の山中の模様」との第2報が伝達された。それとほぼ同時に緊急発進のベルが鳴り、第1次クルーは遭難予想地点へと発進して行った。私は約1時間後、第2次出動クルーとして救助機への搭乗を命ぜられ茨城県百里飛行場を離陸した。


【発見】
約1時間飛行し埼玉県熊谷市の北西部付近に到達した時(21:05頃)、機内に航空燃料のような匂いが漂い始め、燃料漏れのマイナートラブルが発生したのではと思われた。機長に報告すると、「日航機が炎上しているところから発生している煙の匂いである。」との応答があった。操縦席から前方を覗き込むと煙の棚引いているのが確認できた。異臭を感じながら飛行を継続すると、暗い夜空を背景にして黒く連なる山々が見えてきた。その連山の少し低い稜線の尾根の中腹部に鈍い灯りを発見した。直感的に、炎上している墜落現場であることが判った。機長に報告すると「了解、インサイト(視認)」「救難員は直ちに機外進出の準備をせよ」との指示があり、5分で準備を完了し偵察態勢に入った。


【高・低空偵察】
救難員の機外進出地点と同地点への進入経路上の障害物等を把握する為、高々度偵察を開始した。上空から見る墜落現場は、地表から無数の火柱が次々と湧き出るように立ち昇り、それが一つに合体し巨大な火炎となり、黒煙を伴って激しく炎上していた。火炎上空を起点にして偵察範囲を徐々に拡大していったが、闇夜と、漂っている黒煙が視程障害となり把握が出来ない。サーチライトを照射して視認しようとしたが高度が高すぎて細部の確認が出来なかった。
機長判断により少し高度を下げた低空(中高度)偵察へ移行した。右旋回を繰り返しながら偵察をしていると、墜落現場周辺の稜線の一部が黒煙の切れ間から薄っすらと見え、サーチライトを使用して更に確認すると樹木が繁茂している状況や、深い渓谷になっているところが断片的に視認できた。しかし、救難員を降下させるための適地は暗闇のため選定できず、アプローチポイントは絞れなかった。諦めず各方面から偵察を続けていると南西側の稜線に赤色灯を点滅させ、前哨灯をつけたまま立ち往生している1台の消防車らしき車両が見えた(22:00頃)。接近してその周辺を偵察してみると林道と思しき道路は行き止まりとなっていたが、その延長線上には墜落現場方向へと通ずるやせ尾根が走っているのを確認できた。そこは墜落現場との直線距離にして約3.5〜4キロメートルの地点であった。
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操縦席から確認できた煙




【アプローチ】
機長に対し、救難員の機外進出地点を墜落現場へ通ずるやせ尾根と消防車の前哨灯の延長線上の交点約0.5マイル付近を提案した。そこは墜落現場までは下り斜面であり至短時間で効率的に到着することが可能であると判断した為である。機長からは、「救難員の考えは了解した。」「1回目のアプローチは少し高めの高度でドライラン(予備進入)とし、2回目のアプローチで救難員を機外進出させる。」と応答があった。
(22:20頃)一旦、墜落現場上空を離れ、風下側(北東)3マイル付近からサーチライトを照射しながらアプローチを開始した。「目標地点まで2.5マイル、2.0マイル、1.5マイル…」と操縦士の接近コールを復唱し、「1マイル」のコールを聞いたその時、突如、漂う黒煙と薄いもやの中からシルバー色の鉄塔が現れ、そこから伸びる太い送電線が救助機の腹の下をくぐっていった。クルー全員がヒヤリとした一瞬であった。あと少し高度が低かったら間違いなく2次災害となっていた。急遽予備進入を中止し安全高度へと復帰した。上昇中に右下方を見ると、送電線の鉄塔が複数、小高い山頂付近に向かって立ち上がっているのが視認できた。救助活動に入ることができない現状に対し悔しさが込み上げてきた。
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2次災害の恐れを強く感じた瞬間




【機上での激論】
偵察飛行を継続しながら、機上クルー間で他の救助方法での実行可能性について激論を交わした。主内容は、救難員のパラシュート森林降下、ホイストケーブルに救助用ロープを縛着しての高高度ラペリング降下、洋上救難に使用する照明弾の灯りにより視界を確保した上でのアプローチ、近くの村の広場への強行着陸等であったが、当時のパラシュートでは傘操縦性能が悪く、気流により巨大火炎の真っ只中へ着地してしまう恐れがある。また、強行着陸等も障害物の把握がされていない為、2次災害のリスクが大きくどれも実行可能性は難しいとの結論になった。
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パラシュート降下、ラペリング降下、照明弾を使用してのアプローチ等、
救助方法の実行可能性を激論する




【機長への進言と帰投】
救助活動の糸口を見出そうと偵察飛行を継続していた23時00分頃、隊指揮所から「地上で立ち往生している数十台の消防車両を現場まで誘導せよ」との指示が入った。消防車へ緊急無線で連絡をしたが交信が取れず、サーチライトを点滅・照射して誘導を試みた。すると立ち往生していた数十台の消防車が一斉に救助機に向かってサーチライトを照射し始めた。この強い光が救助機のフロントガラスやサイドミラーに反射してハレーションを起こし、操縦士がバーチゴに陥る危険を感じたので一旦上空を離れ指揮所へ連絡を入れた。指揮所から消防署を通じて消防車へ連絡し、やがてサーチライトは消灯した。(今では当たり前となっている航空機と連携しての救助活動は、当時ではまだ珍しくこのような事態となった。)再度上空へ進入し誘導できるようになったが墜落現場から約4〜5kmの地点で道路がない様子でまた立ち往生してしまった。
既存の方法や考えに固執していては救助活動の進展が臨めないと判断した私は「乾坤一擲」再度パラシュート森林降下による現場進出を機長に対して進言したが、「ミイラ取りがミイラになる可能性が大だ。」と大目玉を食らってしまった。しかし、巨大火炎の中、一刻も早い救助を求めている遭難者の心情を考えるとどうしても言わずにはいられなかった。
やがて燃料が少なくなり、百里基地へ一時帰投していた第1次クルーと交代し、私達は埼玉県入間基地に帰投を開始した。(23:30)
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立ち往生していた数十台の消防車両を誘導




【再発進】
入間基地に着陸後、燃料補給を済ませ1時間後再び離陸し、墜落現場上空に到着、第1次クルーと交代した。火炎等の状況は最初に到達した時と殆ど変わっていなかった(1:30頃)。次の任務は、現場上空で日の出まで偵察飛行を実施し、その爆音で遭難者を励まし続けることであった。しかし救出を諦めたわけではなく劣悪な環境の改善(火炎の鎮火等)によりアプローチが可能になれば直ちに救助活動に入るためでもあった。偵察飛行中、他救難隊や増援部隊が入間基地に集結しつつあり、明日は日の出とともに空と地上から全力を挙げて救助活動を展開する態勢をとっている。一人でも多くの生存者の励みとなるよう飛行を継続し、地上救助部隊の到着を容易にするための上空における現場確保が重要な意味を持つ。約3時間の偵察飛行後、「明日は必ず救助に行く。それまでは、なんとしても生存していて欲しい。」と祈る気持ちで、巨大な黒煙が立ち昇る墜落現場を後にし入間基地へと帰投した。
(アクチャル04へつづく)
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